幾何学模様を右手首にいきたいなう。
2015年8月27日木曜日
2015年8月26日水曜日
今過去未来
過去にとらわれて
死んでしまうなら
そんなものは
いらないでしょ。
最近よく頭をよぎる。
答えは未来にある。
過去からは学ぶこともある。
だから過去は未来に繋がる。
しかしその過去にとらわれて
可能性という未来に
歯止めをかけるのは
自分で、
可能性という未来に
突き進むのも
自分。
ならば過去に
必要以上な執着は不要。
突き進めばいい。
あるべき姿なんてものは
所詮過去がつくりあげた、
虚像でしかないのだから。
2015年7月6日月曜日
2015年5月7日木曜日
2014年12月10日水曜日
価値
個人的な意見です。
物事には価値がある。
それに見合った価値。
価値とは受け手がいてはじめて
正当なものになる気がしていて、
特に表現の場では、
作品や生み出すものは
限りなくエゴに近く、
ある種の排出行為のような
ある種のマスターベーションに近い。
ここで。
いつも思うのは
音楽の価値。
正直な話。
自分の作品に価値があるのか
疑問であり、ゆえに価値がないと
思える。
なぜならば、
限りなくエゴに近いそれらは、
時間的対価に置き換えるのもおこがましく、疑問もあり、また、排出行為に近い気もするからだ。
いや実際はめちゃくちゃ苦労して産み出した、
子供のような彼らに、価値がないと言っては、あまりに悲しいが…
それでもそれに
どのくらいの価値があるのか…
正確には、いつの時代からか、
価値は貨幣に置き換えられ、
その貨幣的計りの枠の中では、
価値を持たせるのが
疑問なのです。
それでも、
誰かのトコに届くのなら
それはめちゃくちゃ嬉しく、
価値が生まれるのではと…
願ってしまいます。
誰かにとって大切なものに
なればそれが一番ですね。
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